「糖鎖」は生命の「普遍」と「多様」をつなぐくさり

現在の研究

  生物は多種多様な糖鎖を合成し、細胞間認識や生体機能の維持に役立てている。しかし、肝心の糖鎖の合成のしくみはまだ多くが明らかとなっていない。そこで、糖鎖合成に関わるさまざまな酵素の機能を明らかにすることで、トータルな糖鎖の合成を解明しようとしている。

なにゆえの「糖鎖」か

  自然の摂理を、分類することによって理解しようとした「博物学」に端を発する生物学は、個体から器官、組織、細胞、そしてオルガネラ(細胞内小器官)とその分類の範囲をミクロに展開し、分類の中から生命の普遍性を探ろうとして発展してきた。また、逆にオルガネラから個体へとさかのぼることによって、その分類の妥当性を証明しようとして注目されたのがタンパク質であり、タンパク質という化合物に焦点を当てた学問としての生化学が誕生した。しかし、生命の諸々の機能を直接に担っているタンパク質だけでは、自然の普遍性を語ることに限界が見え始めてきた頃、遺伝子としての核酸(DNA)の存在が証明され、遺伝子という自然がもたらした設計図を読み解くことによって、もはや自然を普遍的に説明できるかのような期待が生まれた。そして、科学の世界に革命的な遺伝子操作技術が開発されることによってその期待はますます大きくなり、期待を一身に担った新鋭の分子生物学は、急激な発展を遂げたのである。
  今や、来世紀初めには、究極の設計図であるヒトの遺伝子がすべて解き明かされるほどにまで研究が進んでいる。こうして、DNAとタンパク質という言葉を使って、現在人々は自然の普遍性を語り始めている。しかし、多くの研究者が現在語られている普遍性が、真の普遍性ではなく、普遍的に語ることの出来る部分だけを語っているに過ぎないことに気付いている。すなわち、研究が進めば進ほど、自然の普遍性ではなく多様性が数多く観察されることとなったのである。このことは、我々が生命を普遍的に語るために必要な言葉を、現在まだ持ち合わせていないことを示しているのではなかろうか。それでは、その未知なる言葉とは何か。
  現在、この多様性をもたらす原因となっている物質として最有力候補となっているものが「糖鎖」である。糖鎖を持たないバクテリアのタンパク質を、産業に利用するまで自由に扱っている我々が、哺乳類のタンパク質となると制御しきれないことや、同じタンパク質の組織間の役割の違いが、糖鎖の違いによって説明できる例があることなどが、その支持理由である。しかし、残念ながら現在のところこの糖鎖を研究するために必要な道具を、我々は十分に持ち合わせていないのだ。DNAに焦点を当てた分子生物学が、遺伝子操作技術の開発という革命によって発展したように、まったく新しい技術や概念を創り出していくことが、今まさに必要とされている。
  遺伝子によってデザインされたタンパク質が制御することで創り出されている「糖鎖」は、これまで「多様性」として片づけられてきたものごとを、「普遍的に」語る言葉としての可能性を秘めているに違いない。普遍と多様をつなぐくさりとして。

(生化学の分野から有機化学の研究室に飛び込んできた自分を弁護するような文章になってしまった・・・)


最終更新日:1999年 9月 19日