diary

 

2000年
 4月2日
  もうかれこれ前回散髪をしてから3カ月がとうに過ぎている。自分でもなんだか怪しげな雰囲気になりつつあることには気付いているのだが、ここのところいざ髪を切ろうとする週末になると、決まって肌寒くなってしまうゆえ、その機会をことごとく逃していた(まあ、ようするに重度に腰が重いのであるが)。

  もういっそのことこのまま長髪にでもしてみるか・・・と、そんな考えもちょっとだけ頭をかすめたのだけれど、自分で想像するのもおぞましいので、ようやく決心をして散髪に行くことにした。敢えて申し沿えておけば、多くの日本人の方が口をそろえるように、決して床屋で自分の注文通りの髪型になるようにあの手この手と喋らないといけないことに恐れをなしているわけではない。なにしろ、床屋のイスに座って僕が発する言葉と言えば「ショート、プリーズ」これだけであるから。

  いきつけの(と言ってもまだ3回目だけれど)散髪屋は、アパートから歩いて5分ほどのところにあるおじさん一人で経営する小さなところで、お客と言えば近所の50過ぎのおじさん連中が占めている、まあいわばトレンディーの対極にあるような場所と言える。しかし僕はこういうところの方が非常に落ち着くたちで、まあ裏を返せば自分で「こんな髪型に」なんて言う注文をしようにも、予備知識が全く無いということになるが。

  おまけに、どうみてもこの髪切りのおじさんも流行の髪型なんて言うものには無頓着そうだから(ちょっと失礼だな)、無頓着どうしで安心して作業が進んでいく時間は、なんとも心地よい。仕上がりは「可も無く不可も無く」という状態で、15分・12ドルの仕事だから、僕としては上出来の部類に入るのである。経済的な神経ではある。

  それにしても、このおじさんは無口な人だとずっと思っていたのだけれど、待っている間、僕の前の人といやあ喋ること喋ること。よくもまああれだけ話しながら、なおかつ手も動くものだと感心した次第。もっとも、話していた言葉はイタリア語で、このおじさん、おそらくイタリア移民の方で英語で話をするのが単におっくうだったようだ。どうりで、「ショート、プリーズ」だけの注文に、うれしそうにハサミを動かすわけである。

 

2000年
 4月16日
  アービントンという、ボストンから南へ40kmほど下ったところの町に住む、ラボの大学院生のお宅でバーベキューパーティーがあると言うので、午後2時の開始に間に合うべく電車で向かうこととなった。

  その町へは、ボストン市内にある「サウス・ステーション」というニューヨーク方面へ電車で向かうときなどの拠点となる駅から、「コミューターレイル」という直訳すれば「通勤列車」なる電車に乗っていくことができる。しかしその名に示すように、平日の通勤のための列車という色合いが濃いので、今日のような休日の運行本数は極端に少ないのが難点である。

  午後2時開始に間に合うためには、12時40分発の電車に乗らなければならない。ということは、アパートを12時前に出発すれば十分間に合う計算となるので、初めてコミューターレイルに乗るということもあって、余裕を見て11時半前にアパートを出ることにした。

  サウス・ステーションへはまず地下鉄(といってもアパートの付近は地上鉄なのだが)のTで向かうのだが、最寄りの駅はアパートから歩いて3分ほどのところなので、このまま行くと早く駅に着いてしまうけれど、何をして時間をつぶそうかなあなんてのんきなことを考えながら電車を待っていた。そして5分ほどして現れた電車は・・・「満員」であった。文字どおり人で満ち満ちており、とても押し入れるような状態ではない。まあ、まだ時間もあるし、10分ほどで次の電車もやってくるから、それまで待つことにして・・・。

  待つこと10分足らず。次にやってきた電車は・・・またしても「満員」であった。実は3つ過ぎの駅はケンモアという野球場の最寄りの駅で、今日は1時からレッド・ソックスの試合がある日だったのだ。まあ、それでも2台続けて満員だったので、もし5分くらいで次の電車が来れば、何人かは乗れるだろうから、普段だったら割って入るようなことはしないのだが、今日は緊急事態ということで心を鬼にして真っ先に電車に乗り込むことにしよう。なんてことを考えて、次の電車に体を張ることにした。

  しかし、その次の電車がなかなか来ないのである。待つこと10分。これ以上待っても、この駅だけでもうだいぶ人が増えてきてしまっているから、とても乗り込むなんてことが出来る状況ではない。時計の針はすでに12時をまわっており、サウス・ステーションにたどり着くには既にぎりぎりの時間となっている。しかたなく、ここから1kmほど歩いたところにある別のラインのTの駅から電車に乗ることにして、急いで走り出した。すると、その駅が目に入るところまで来たときに無情にも電車の滑り込む光景。次の電車は10分以上来ないラインであるので、もはや時間に間に合うのは絶望的な状況。こんな時、何をしでかすのかは後で考えると首をかしげてしまうことが多いが、突然サウス・ステーションに向かって走り出す僕の姿がそこにあった。

  そしてふと後ろを振り向くと、ちょうど走り去ろうとするタクシーの運転手の視線が僕の目に飛び込んできた。別段手を上げたわけでもないのに、そのタクシーは急にスローダウンし、これ幸いと僕が走り寄るのを確認して道端に停車した。ここからタクシーで向かえば、電車の発車10分前には駅に着くことが出来る。渡りに船とはまさにこのことだ。

  タクシーに乗り込んで「サウス・ステーション」と告げると、白髪のちょっと太った気のよさそうなおじさんが一言。「なんでまたタクシーなんぞで駅に向かうんだい。旅行者には見えないようだが。」・・・まあ、タクシーに乗る予定なんてこれっぽっちも無かったのだが、おじさんと視線が合ってこういう顛末に・・・、とは言わずにこれまでのことの次第を告げて、「とりあえず12時40分の電車に間に合うようにお願いします」と念を押した。それは大丈夫だとおじさんが言うので、まずは一安心。そうすると気の良さそうなおじさん、「お宅はボストンに住んでいるのかい。どこで働いてるんだい。もう何年になるね。今日はデートかい・・・という格好でもないか」と矢継ぎ早の質問、および感想。こんな調子で、いやはやいろいろとタクシーの中で話に花を咲かせた。途中、明日開催されるボストンマラソンのゴール会場を「わざわざ」回ってくれ、ひとしきりコースの説明を受けたりして。

  というわけで、無事に電車に間に合う時間に駅に到着。初めての構内も、タクシーのおじさんにチケット売り場までの行き方から買い方、電車の乗り方まで教わったので、それはもうスムースにことが運んだのは言うまでもない。

  とまあ、本当はバーベーキューの様子を書きたかったのだけれど、タクシーのおじさんとの出合いがなかなかに印象的だったので、今日はここまで。ちなみに、アービントンの友達の家では、バーベキューもそこそこに、バックヤードで繰り広げられたバドミントンに熱狂してしまったことを付け加えておく。久しぶりの運動にはくれぐれもご注意を。


最終更新日:2000年 4月 16日
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